発刊に寄せて

  「方言」とは、日常生活の中で使われる話し言葉です。それは、地域文化の象徴であり、最も身近な文化財産です。方言は、日々の生活の中で生まれ、時代や環境とともに変化しながら世代を超えて受け継がれてきました。標準語では言い表せない地域特有の現象を表現したり、そこに住む人々の心情を的確に伝えるのに欠かせないものとして、地域のコミュニケーションに大切な役割を果たしてきました。

 戦後、ラジオやテレビの普及によって共通語を耳にする機会が増えたことや、交通や情報の発達によって生活範囲が広がったことになどから、異なる地域の人々とのコミュニケーションの手段として共通語を自在に操ることが求められてきました。また、「中央」の対極にある「地方」に対する我々の潜在的なコンプレックスも、私達から方言を失わせることになった一因なのではないかと思われます。

 近年、「地方の時代」が叫ばれ、個性ある地域の文化という観点から方言を見なおす動きが出てきました。方言をテーマとしたイベントが開催されたり、マスコミで方言を喋るタレントが脚光を浴びることもそれを後押ししています。

 このようなときに私たちは、地域づくり活動の一環として方言の掘り起こしに取り組むことになりました。それは、「地域文化の保存・継承」という大きなテーマの中で、とりあえず私たち自らがやれることであったのです。こうして一冊の本にまとめてみると、収録した語は、八百二十二語にも及びました。御協力をいただいたたくさんの方々に改めて感謝を申し上げたいと思います。

 日ごろの会話に耳をすまし、方言を知っている人を訪ね歩き、一言一言書き留めていく地道な作業のなかで、私たちは、人々の息づかいとぬくもりに触れることになりました。そこには、人に伝える手段としての機能ばかりでなく、何百年もの歴史の重みと確かな生活の「匂い」、そして自分が使う言葉に対する限りない愛情がありました。

 編集会議は深夜まで及びましたが、なつかしい言葉の響きに思わずひざを打ったり、腹を抱えて大笑いしたことが何よりも楽しい思い出になりました。

 私たちは、失われつつある方言を大切な地域文化として守っていくべきだと思います。そうすることが、生まれ育った地域への感謝の表われであり、それは私たちの責務ではないかと考えます。方言を使って堂々と話すことが、地域に対する愛着につながり、さらには地域人としての連帯感や誇りにまで高まることを期待したいと思っています。

平成十三年三月 蔵増地区地域づくり委員会 事務局長